歌姫ウタはどうして魔王を呼び出してしまうのか――「ONEPIECE FILM RED」における二つの違和感その1

 一方に「偶然見てしまった」と自認されている盗み見がその実「必然的に見せられているものだった」という転倒が、そして他方に能動的にわざわざ覗いているのであって「私が見つめているそれは演技だとわかっている」という自覚のもとに観察されているものが「嘘と見せかけた真実そのものである」という転倒がある。彼らは一様に騙されるのだが、それはなぜだろうか。二重のスキャンダラスな真実、現実が現実ではないということ、そして、夢が夢ではないということを隠蔽するためだ。すなわち現実は我々がそう信じたいような客観的で合理的な有機的統一性を持たないし、夢はつらい現実から逃れられるような、私たちの願望を完璧に反映したセーフティハウスとなることができない。

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ONEPIECE FILM RED」を鑑賞する多くの客が抱くだろう二つの違和感から考えよう。一つは、なぜシャンクスはみすみす娘を死なせてしまったのか、そして、もう一つは、どうしてウタは「エレジアの悲劇」の真実を知りえたのか、という問いだ。いつものように答えを先に言えば、ウタは最初から救いえない「幻の女」として働いているからであり、やはり同じことだが、「エレジアの悲劇」の真実は語られていないからである。真実をつかむためには、物語の深奥にではなく、ずっと目に入っているのにそれと意識化できない表層をよく観察する必要がある。

 ウタの「計画」とは次のようなものだった。ウタウタの実の能力によって人々を夢の世界へと取り込み、ライブを上演する。同時に現実のウタは「ネズキノコ」を食して能力が解除される条件である彼女自身が眠ってしまうことを防ぐ、さらには体力を使い切って死ぬことで能力の解除を永遠に先送りにする。人々は平和で平等な夢の世界に精神的存在として閉じ込められる。海賊が跋扈する現実は厳しい闘争をサバイブできないただの人々にとっては理想をかなえられない欺瞞の世界なのであって、終わりがない醒めない夢の世界が「新時代」だ、とウタは主張する。しかし、やはり計画は頓挫し、その凶悪な裏面を見せる。ウタの夢世界は人々の細かな願望を個別最適に叶えられるほどの精密さをもたないので彼らを物言わぬキャラクターに変換するほかないし、現実と夢の中から海軍や海賊たちが邪魔立てをするので追い込まれ、ウタは魔王トットムジカを呼び出してしまったからだ。

 この物語の表層上の筋は、以上の通りなのだが、しかし、上述の二ヶ所、シャンクスの無能さと、ウタが「エレジアの悲劇」の真実を記録した電伝虫を発見し、見ることが出来た違和感を分析しよう。

 

1…歌姫ウタはどうして魔王を呼び出してしまうのか、またはウタの正体

 まず後者、「エレジアの悲劇」とは、シャンクスが音楽の国エレジアに幼いウタを連れて来た晩にウタと国王ゴードンを残して全国民が死に絶えて、一夜にして国が滅びた謎の事件を指し、作中世界においては赤髪海賊団がその犯人であるとされている。しかし実はウタの持つウタウタの実の力が、エレジアに封印されていた魔王トットムジカと共鳴し、ウタが無意識的に魔王を復活させて国を滅ぼしてしまったのだったと説明された。シャンクスは幼いウタに罪悪感を抱かせないため義娘の罪を被り、ゴードンと口裏を合わせて自分が犯人だったという説明をさせたのだった。さらに映画の終盤、ウタは、実は後年、亡国が自分とトットムジカの力の暴走によるものでシャンクスが犯人ではない、つまり彼が罪を肩代わりしてくれていたことまで知っていたことが判明する。それは事件の実際を記録した電伝虫があったからだ、と説明されるが、しかし、これでは辻褄が合わない。国民が全滅するほどの甚大な被害の中で、しかも、ウタの能力は聴く人をみな眠らせるものなのだ、どうやって、記録が可能なのだろう。もしも、記録が可能なのだとしたらそれはゴードンか赤髪海賊団の乗組員の手によるものだ。

 このとき、彼女を深く傷つけるにちがいない記録をウタにわざわざ見せる必然性は、もっと重い罪・つらい真実から彼女を守るためだろう。過失による亡国よりも重い罪は、もはや、それが例外的なものではなく意図的で必然的なものであることの他ない。つまり、ウタは魔王トットムジカそのものであることだ。

 トットムジカとは、ラテン語でのすべての(トット)、音楽(ムジカ)という語に由来するのだという。ウタというヒロインの名との相同性が意図されたデザインだろう。さらには、ウタウタの実の能力によって起動してしまった魔王という限定も、彼女が人前で歌を披露するときには必ず(生涯で二度しかなく、つまり二度とも)破滅をもたらしたのであって、彼女が歌うということは魔王による破壊が伴うことを意味している。これは悲劇的な偶然なのではなく、彼女自身が魔王そのものであることを端的に示している。